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  • 2020.07.18 OTHER
    SNSで公開した「#nomakestory」を公開!(part2/2013年・大1~2020年・26歳)

    2ndアルバム『ノーメイク、ストーリー』を作っているときに、
    今までのことを思い返すことが多くて。恥ずかしかったこと、忘れようとしてたこと。

    歌と出会った小1から現在のわたしまで 1年ずつ、当時の映像と共に振り返ってみました。
    #nomakestory

    ▽杏沙子Twitter 
    https://twitter.com/asako_rakuda/status/1273934020938567681?s=20


    ▽part1はこちら
    https://www.asako-official.com/news/?id=607



    「大12013年」
    関東の大学に合格した。上京してからの毎日は可能性で溢れているように思えた。 念願の軽音サークルに入ろうとしたが、会費が3万円だった。3千円だったアカペラサークルに入った。 みんなの歌を聴いて面食らった。歌がうまい人は当たり前にいる。ショックだった。
     


    「大22014年」
    埋もれたくない一心で必死だった。自分の歌を全部録音して通学中、バイトに向かう電車の中、寝る前、どんなときも聴き、練習した。 そんな中、アカペラライブのイベンターさんに将来の夢を聞かれ「歌手になりたい」とはっきり答えた。初めて他人に自分の夢を伝えた。「じゃあライブ出なよ」と言われ、せっかくだからと見様見真似でオリジナル曲「道」を作り、渋谷の小さなライブハウスでライブをした。お客さんは友達5人。 1ヶ月後も出ることにし、それまでにもう1曲作ってみようと思い、少しずつ作詞作曲をするようになった。 「杏沙子」が始まった。


     
    「大32015年」
    コバソロさんをYouTubeで知った。 超ダメ元で「道」の音源と一緒にコラボ申請メールをした。返事はまさかのOK コラボが実現すると、ライブに来てくれるお客さんが増え、当時作った3曲入り500円の自主制作CDは毎回持って行くすべてが売り切れ続けた。夢みたいだった。


     
    「大42016年」

    コバソロさんの力を借りて「道」のMVを作った。初めてのMV その勢いでバイト代をかき集めて学校を借り、友達にエキストラを頼んで「アップルティー」のMVも撮影した。 就職する気はなかった。 なんとなくそのことは鳥取にいる両親まで伝わっていた。帰省した時に両親に話そうと思ったが、なかなか切り出せず、空港で東京行きの飛行機に乗るギリギリに言い逃げして飛び乗った。 「就活はしない、歌を続けたい」 それでも父と母は応援してくれた。 ずっとわたしの歌の先生だった母に、ちょっと認められたような気がしてうれしかった。
     

     

    23歳・2017年」
    結局就職はせず、毎月2.3回都内のライブハウスに出ていた。目の前のことに夢中で、その先の未来に不安を感じる暇もなかった。 ある日突然、いつも通りライブ後に物販をしていたら音楽事務所の人が名刺をくれた。 「こんなこと、ほんとにあるんだ」と思った。


     
    24歳・2018年」
    メジャーデビューが決まったよ、と言われたとき、「うれしい」よりも「これから始まるのか」と背筋が伸びる思いの方が強くて自分でも驚いた。 わたし以上に家族や友達、お世話になった方みんなが喜んでくれたことが一番うれしかった。 新しい「杏沙子」が始まった。
     


    25歳・2019年」
    フィクションの物語を書き続けてきた中で、自分だけのために「とっとりのうた」を書いた。隠してきた本音を「ファーストフライト 」で書いた。 自分の曲だと言ってくれる人がいた。何よりもうれしかった。 自分の"本当"を書くことで、聴く人と近くなれることを知った。


     
    26歳・2020年」
    わたしはわたしの言葉で、わたしの物語を書きたくなった。ノンフィクションを。 わたしの中にある本当は、もしかすると誰かの本当かもしれない。そう思ったから。 そんな"本当"たち、「ノーメイク、ストーリー」を、7月8日、リリースした。